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第十節 病気と仲間になる。

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敵地を制圧し勝利を収めた時、まだ生き残っている敵の兵士達を殺してしまう必要性はあるでしょうか。

戦意を失っている敵兵は、もはや敵ではなく、存在していたとしても害を与えることは無いと言えます。

そんな兵士を、さらに攻撃して殺してしまう事に何のメリットも無いのではないでしょうか。

むしろ、捕虜にして仲間にしてしまった方が、メリットがあります。

無駄な戦いをする必要性はありません。

病気を攻撃し、病気の勢いを止めることができた時点で、それ以上攻撃する必要性は無いと言えます。

たとえ、体の中にまだ病気が残っていたとしても、問題にならないのであれば、それ以上治療しなくても問題は無いとも言えます。

体から全部病気を無くさなくても、病気が悪さをしない状態にしておけばいいのではないでしょうか。

いつ病気に反乱を起こされるかもわからないから不安だと言って、さらに治療を続けると余計なリスクを抱えることにもなります。

戦いで負けた敵は体力を消耗していますが、それと同時に、自分自身の兵も体力を消耗しています。

もし、僅差で勝っていたのだとしたら、二度目の戦いでは負けるかもしれません。

勝っている時点で止めておいた方がいいのではないでしょうか。

優勢な状態を保ちながら、生活習慣の改善によって体力(生命力)を取り戻していけば、自然に病気は小さくなっていくかもしれません。

もし、少し病気が残っていたとしても、優勢な状態を保っている限りは問題が起こる可能性も低いと言えます。

そもそも、体の中に病気の原因が全く存在しない状態というのは、ありえないことです。

それは、人間のカラダに病気の小さな芽を摘み取るシステムが存在していることからもわかるように、日々病気の原因は生まれています。

先にも述べたように、完全に無くそうと思っても無くせないのが病気です。

人間が健康であるのは、病気よりも優勢な状態を保てているからであり、そのバランスを崩せば病気になります。

つまり、病気が体にあること自体は、問題のようで、問題ではないと言えます。

病気が悪さをした時に初めて、病気は問題となります。

その時に治療をすればいいのではないでしょうか。

だけど、やっぱり病気を完全に無くしておかなければ…、と思う人もいるかもしれません。

もちろん不安なのであれば、治療をしておくことが決して悪いと言っているわけではありません。

ただ、病気をゼロにすることに、こだわり過ぎる必要は無いのかもしれません。

悪いのは、病気でしょうか…。

治さなければならないのは、病気でしょうか…。

特に、治すことが難しい病気の場合、本当に直さなければならないのは、病気に悪さをさせてしまうほどに弱ってしまった自分自身の生命力ではないでしょうか。

小さな病気の芽も自身のカラダの力で摘めない弱い生命力では、一時的に病気をゼロにしたとしても、何度でも病気になってしまうのではないでしょうか。

強い生命力があれば、病気は悪さをできないものです。

健康に生きた人の死後、その人の体を解剖すると、実は健康体ではなく、なんらかの病気が見つかることがあります。

本当は病気だったけれども、本人に病気の自覚はなく、特別何の問題もなく、病気と一緒に死んでいった…。

つまり、体の中に病気があったとしても、必ずしも健康に生きることができないというわけでもありません。

むしろ、人のカラダに病気があることは、ごく自然なことです。

逆に、人間の不自然で良くない生活習慣が、病気を良くないものに変えてしまっているとも言えます。

そして、自然界から離れ過ぎた人類は、その自分たちで生み出した不自然な病気に苦しんでいるのではないでしょうか。

ただ、私たちが忌み嫌う病気というのは、本来は、共に生きていくものなのかもしれません。




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