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Column 026 | 2019.06.18

乳酸菌を食べているのに、腸内環境が改善しない理由。

乳酸菌
乳酸菌

腸内環境を改善する方法として認知度の高い乳酸菌。しかし、善玉菌である乳酸菌は、飲んだ時にしか増えないことが分かっています。

なぜ、腸内環境を変えたいのか?


昔から、ブルガリアヨーグルトで有名なブルガリア共和国に長寿者が多いと言われていました。そこで、ロシアの科学者イリヤ・メチニコフは、乳酸菌を摂取させると、悪玉菌による腐敗物質が減少することを研究で明らかにします。

体内で発生する有害物質が吸収されると害になるという自家中毒説を唱えます。(ヨーグルト不老長寿説)

健康な人は善玉菌が多くて、悪玉菌による腐敗物質が少ないから健康である。逆に、健康でない人は、悪玉菌が多く腐敗物質も多く出ているので不健康である。

つまり、ヨーグルトなどの乳製品で善玉菌である乳酸菌を摂取して、腸内の善玉菌の数を増やしてやれば、健康な人と同じような腸内環境になるだろうから、それで健康になるであろうということになります。


乳酸菌を食べても腸内の乳酸菌は増えない?


単純に、乳酸菌をたくさん食べれば、お腹の中で乳酸菌が増えると考えられますが、実際にはそんなに簡単に上手くいきません。


乳酸菌は胃でほとんど死んでしまう。

人間の腸内の善玉菌に代表されるのはビフィズス菌のことになります。しかし、ビフィズス菌は、酸に弱いため胃酸でほとんど死んでしまいます。


生きて腸まで届くものもあるのでは?

生きたまま腸まで届かなければ、腸内の善玉菌の数を増やせないということになります。そこで、胃酸に耐えうる乳酸菌が開発されます。

例えば知名度の高い菌としては、L・カゼイ・シロタ株や、L・ガセリ菌です。CMでも聞いたことがある人も多いと思います。

Lとはラクトバチルス(Lactobacillus)といって、分類学上の属名です。市場には、カゼイ、ガセリ、R-1(商品名)、ブルガリアヨーグルト、ヤクルトなど様々なものがありますが、以上はすべてラクトバチルス属の菌です。

ラクトバチルス属の菌は耐酸性があるので、胃酸に耐えて腸まで届くことができます。

もともと、ラクトバチルス属は、ヒト以外の動物の腸内に多数生息している菌です(ヒトに全く生息していないわけではありません)。ちなみに、ヒトには人の乳酸菌というフレーズで有名なビオフェルミンSは、ビフィズス菌のことです。


生きて腸まで届いても増えない。

最近の研究では、生きて腸まで届いたとしても、腸内に住み着いて増殖することは無いということも分かっています。

つまり、いくらヨーグルト製品を食べても、乳酸菌は住み着かず(溜まらず増えず)に流れていきます。飲んだ時に、一時的に飲んだ量の菌は増えても、飲むのを止めれば無くなってしまいます。

 光岡知足、プロバイオティクスの歴史と進化 日本乳酸菌学会誌 Vol.22 (2011) No.1 p.26, doi:10.11244/jjspen.25.911


もし、5000億個食べても1%以下しか変わらない?

腸内細菌は100兆~1000兆個あると言われ、そのうちの15%が乳酸菌(ビフィズス菌)であると言われています。全体を500兆個として計算した場合は、75兆個になります。

もし仮に、5000億個食べた場合は、0.67%の乳酸菌が増えることになります。


乳酸菌を食べても意味が無いのか?


腸内の善玉菌が増えないのであれば、腸内環境のバランスが健康な人のようにならないため意味が無いように思えますが、簡単にそうとも言えません。


免疫系は活性化される。

もし仮に腸内の善玉菌を増やすことができたとして、健康な人と同じ比率にできたから健康になるという考えには、少し無理があります。研究者の中でも、まだ結論が出ていません。

善玉菌が少ないというのは、健康でない人の一つの特徴を示しているだけであり、それを改善すれば健康になるほど人間のカラダは単純ではないし、善玉菌の数だけが健康問題の本質ではありません。

しかし、乳酸菌がカラダに良いという結果は出ています。なぜ良いのかという理由の一つとして、免疫系が活性化されるということがあります。

腸内環境のバランスが取れたから免疫系が上がるのではなく、単純に乳酸菌にカラダが反応して免疫系が活性化されます。


生きてるか生きてないかは関係ない?

ヨーグルト不老長寿説を唱えたメチニコフは、いまから100年も前に出版した本(「The Prolongation of life」)のなかで、加熱殺菌したブルガリア菌の入ったエサをハツカネズミに与えたところ、生きた菌を与えた場合とほとんど同じように生育したと書いています。

100年以上も前から、「菌が生きているかどうかは関係ない」ということが既に認識されていました。


なぜ、生きてても、死んだ乳酸菌でも免疫系が活性化されるのか?

免疫が上がる基本的なメカニズムは、人間のカラダが自分のカラダとは異なる異物(病原体や癌細胞など)と認識すれば、その異物を除去しようとして免疫系は活性化します。

基本的には、乳酸菌はカラダにとって異物として認識されます。カラダは乳酸菌を目視で確認しているのではなく、その表面の形状で認識しています。

乳酸菌は、グラム陽性菌であり、その細胞壁には、リポタイコ酸やペプチドグリカン層が存在します。

乳酸菌の細胞壁
乳酸菌の細胞壁

このようなグラム陽性菌の細胞壁にあるペプチドグリカンやリポタイコ酸を、体内の腸管上皮細胞や、様々な免疫細胞が病原体として認識します。

つまり、乳酸菌が生きていようが死んでいようが、カラダが認識するパーツが存在してさえいれば、そのパーツに反応して免疫系が活性化されるということになります。

ペプチドグリカンやリポタイコ酸のような病原体に特徴的な立体構造を、病原体関連分子パターン(PAMPs)といい、PAMPsを認識する免疫細胞表面などにある受容体のことをパターン認識受容体(PRRs)と言います。ちなみに、ペプチドグリカンやリポタイコ酸は、TLR2という受容体で認識されます。


補足:R-1は、メカニズムがちょっと違う。

免疫を上げるヨーグルトとしてR-1という商品がありますが、このラクトバチルス属の乳酸菌は体外にEPS(細胞外高分子物質)という多糖体を産生します。

カラダは、このEPSを異物と認識するため免疫系が活性化されると言えます。

乳酸菌R-1の産生するEPS
乳酸菌R-1の産生するEPS

そもそも、なぜ腸内環境が崩れるのか?


「腸内の善玉菌が減るから腸内環境が悪化している」というのは、問題の本質ではなく、起きている現象を表しているにすぎません。


腸内細菌の生存競争でバランスが保たれる。

人間の腸は栄養を吸収する場所です。つまり、栄養が豊富に存在する場所であるため、人間のカラダの中で様々な菌の量も種類も最も多く存在します。

多様な細菌群は、生存競争を繰り広げ、互いに排除したり共生関係を築きながら一定のバランスが保たれた均衡状態にある生態系を作ります。

この生態系は消化器官の場所でも異なります。例えば、小腸の上部までは呼吸する好気性の細菌が多く、酸素が消費されて酸素濃度が低下してくる小腸下部以降からは、嫌気性の細菌が増え細菌群の勢力図も変化します。

また、消化のために分泌される胃酸や、胆汁酸の影響も受ければ、宿主の食べるものによっても消化器官内の環境が変化するため、腸内細菌のバランスは変化します。


生存競争だけでなく、免疫も関係している?

腸内環境のバランスが崩れる理由として言われているのは以下の4つです。

食事
食事内容で腸内の環境が変わるため、腸内細菌の比率も変化します。

抗生物質
薬で腸内細菌も殺されて減るため、一時的にバランスを崩します。

加齢
ストレス

加齢とストレスは、どちらも免疫の低下を招きます。この免疫機能の低下が腸内環境のバランスに影響を及ぼしている可能性もあります。


なぜ、免疫力が低下するとバランスが崩れるのか?

腸内細菌と言っても、自分のカラダとは異なるものであるため免疫系の攻撃対象になります。

しかし、乳酸菌のようにカラダにとって有益な存在の異物は、あまり攻撃しないようになっています。これを免疫寛容と言います。

細菌の有益性に応じて免疫系の抑制力に差が生じます。

腸内細菌の免疫抑制
腸内細菌の免疫抑制

例えば、「Aの菌は他の悪い菌を攻撃してくれるからあまり殺さないでおこう」とか、「Dの菌は有害な物質も出すし、何も役に立たないから殺しておこう」など。

免疫系は、腸内細菌の増殖を監督し、カラダにとって最適な腸内環境のバランスになるように微調整している可能性もあります。

もし、この免疫抑制の力が加齢やストレスの影響で低下した場合は、本来抑え込んでいた悪玉菌などの悪い菌が増殖しやすい環境が生じます。

つまり、免疫低下が腸内細菌のバランスが崩れている根本的な原因とも考えられます。


まとめ


「腸内環境が崩れているのは、善玉菌の数が減っているからであり、その善玉菌を補ってやれば腸内細菌のバランスが元に戻って健康になる」という考えによって、乳酸菌は研究されてきました。

しかし、根本的な原因は、カラダ自身の機能の低下にあるのではないのかということです。

乳酸菌を飲むこともいいことですが、運動・食事・睡眠の正しいサイクルとストレスの発散を行い、カラダ自身の機能を高めることも大切なことなのかもしれません。

また、ブルガリア共和国に長寿者が多かった真の理由は、ヨーグルトを飲んでいたからというだけでなく、免疫機能を低下させないようなライフスタイルを送っている人が多かったからとも考えられます。

Column 026 | 2019.06.18